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永沢寺にて

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休日。晴れ晴れ、いい天気。

ぽかぽか陽気。農家さんから野菜を買う。ほっとする〜。こんな時間を味わうゆとりが、忙しい現代人には必要だなぁと思いました。


私は休日にはしばしば、静かなところで瞑想します。それは自分自身がかなり、とんでもなく未熟な存在だからです。笑   雑念や妄想で汚れきった自分の心を掃除するためには、今のところ瞑想が一番効果的だと思うからです。

誰もが悩みを抱えて生きていることと思いますが、心の悩みとどのように向き合っているか話すことは一般的にはタブーとされているところがあるように思います。「デリケートなことだから、口に出さないほうが無難だ」といった具合でしょうか。しかし、あえて言おう!私の心は、しょっちゅうネガティブな思いに埋め尽くされますよ。しかも、貪欲でうす汚れた思想すら生み出してしまうこともよくあります。そうして、一人かってに苦悩するのです!

でも、それはそれで、「我ながら未熟だな〜。でも、逃げずに向き合ってるだけでも成長しているな〜」と、思うだけです。不思議なことに、感情というのは、それに気づいた時点でスッと消えてしまうようです。例えば運転していてマナーが悪い人が急に割り込んできてムッとした時。「あ、いま俺イラっとしたな」と気付けば、それでもう怒りは消えていきます。仏教では、こうした観察する瞑想を、ヴィパッサナーと言うそうです。(申し上げておきますが、私は仏教徒ではありませんし、いかなる宗教にも所属していません。)

曹洞宗の僧侶、山下良道さんは、私たちの頭に生ずる様々な雑念を雲に例え、私自身は雲ではなく、青空なのだと説きます。

雲は、それ自体が私ではありません。
雲を浮かべている青空、それが私です。
青空としての私。
このことを本当に実感した時、心に積もっていた苦しみも、心を離れない悩みも、雲が空に融けるように、ふわっと消えてしまいます。
雲は、私ではないのですから。

いつも、どこか落ち着かない。何かが足りない。空虚な感じがする。疲れが取れない。そういった症状は、外部に原因を探しても見つかることはないかもしれません。

そういう時には、ゆっくりと静かな場所で、心を静観することも必要なのだと思います。



岡崎