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30

先日30歳になりました。岡崎です。

 

『俺たちの明日』
「10代、憎しみと愛入り混じった目で世間を罵り。20代、悲しみを知って目を背けたくって街を彷徨い歩き。30代、愛する人の為の此の命だってことに、あぁ気付いたなぁ。」

 大好きなエレファントカシマシの「俺たちの明日」の一節です。ウコンの力のCMで流れてた曲。「さぁ、頑張ろおっぜ〜!!」のあの曲です。

これを聴くと、いつも幼馴染の2人の顔を思い出します。一人はいわゆる悪ガキです。しょっちゅうケンカして、いつも負けて泣かされてました。一人は小さくて泣き虫でした。しょっちゅう鼻血を出していたので、そのまんま「鼻血」と呼ばれていました。

3人でよく一緒に遊びました。あの頃は全てが新鮮で驚きに満ち溢れていたのに、今になっても鮮明に思い出せるのは、幼馴染と遊んだあの尖った時間です。もっと他の記憶が呼び起こされてもよいものだと思うのですが。私にとって彼らとの時間は、それはそれは特別なものであったようです。どこまで行っても、『俺たちの明日』が続いていくような、そんな気がしていたのです。


アインシュタインの名言
熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。

なるほど。納得した。これなら経験があるぞ。

過去に何度か神様に、「どうか時間を止めてください」とお願いしたことがある。恋人との時間は、これまた特別だ。私が鍼灸の道へ進むきっかけを作ってくれたのは、高校時代に付き合っていた恋人であった。もしこの世が男だけの世界になるとしたら、私は意地でも生まれてこない。神様に「どうか、あちらの世界だけはご勘弁下さい」と言うだろう。
過去最高の幸福も、恋人が与えてくれた。ある美しい女性に恋をした。初めてのデート。広い広い草原を2人で並んで歩く。丘に向かって歩く。丘のてっぺんには、鐘がある。2人で鐘を鳴らす。誰もいない丘のてっぺんに、一陣の風が吹く。冷たい風だ。彼女と目が合う。そして…
いかんいかん、この辺にしておこう。

「先生、頭が悪すぎて、何も分かりません」「分かっとらんことが分かれば、まだマシじゃ」
不遇師伝隔万山
「良い師の教えに出会えなければ、奥義に到達するまで幾万という山を越すに等しい」
この教えは元の時代の扁鵲神応玉龍経という、鍼灸の治療書の中の一節である。

我が師、今村先生の教え。独学というのは、褒められるものではない。私はそう思っている。実技を伴う分野においては、独学なんて非効率極まりない。

小、中、高、専と進んだが、どの学校の先生も相当寛容だったと思う。私が先生だったら、私のような生徒は面倒なやつだと思うに違いない。


生まれて間がない30歳。

30歳の誕生日、両親からメールが来た。「おめでとう、30歳。生まれて間がないなあ」

普通なら「いやいや」とツッコミたくなるところだが、もはや慣れてしまって、「またか」という感じである。昔からウチの両親の口癖は、「生まれて間がない」だ。まさか30になっても「生まれて間がない」と言われるとは思わなかったが、両親にとっては、何歳になっても子どもなのだろうか。昔の記憶が鮮明に残っていて、彼らの中の私は、赤ちゃんのままなのか。おーい、時計の針は進んでますよー。バカだなぁ…。

姉は強い。理性的で現実的。私は理想主義的で夢想家。全然違うタイプ。彼女は強くて、かっこよく見えた。岡山のペパーランドにしょっちゅう行ってライブ仲間とワイワイやってたり、バンド組んで歌いまくったり、友達とルームシェアして転々としたり、有名な先生に師事して銀塩写真に凝ってみたり、倉敷芸術大学を中退してみたり…。私が岡山から自転車で屋久島まで野宿の旅をした時は、「あんたは自由人じゃな」と言われたが、「いやいや、あなたも十分自由にやってまっせ」と思った。

変な人達、これが家族。ここまで、ほんまにありがとう。これからもよろしくね。


人生と人。人生は人。

友、恋人、先生、家族。人生は人と人が繋ぐ物語。

「袖すり合うも他生の縁」という言葉。美しい響き。素敵で、大好きです。

私はいま『こころ三田鍼灸治療院』で仕事をしていますが、いま一緒に仕事をしている仲間は、別の人生でも出会っていた仲なのです。それと同様、いま私が担当させていただいている患者様とも、どこか遠い別の人生で出会った仲なのです。それは事実かどうか確かめようがないことですが、そんなの確かめる必要ないんです。非科学的であっても、そう信じることで有難いと感じられたなら、大切な人だと感じられたなら、それはそれで幸せな気持ちになるものです。そしてその現象は、真実なのです。


30代、私はこれからどんな発見ができるか楽しみです。

エレカシの詩のように、「愛する人の為の此の命」だと悟るのでしょうか。

それとも…?